福岡バプテスト教会の歴史

設立 1901年

 

  1890年は、日本で第一回の総選挙が行われ、また演劇で初めて男女の俳優が共演することを許された年でもありました。そしてこの年、アメリカン・バプテストのJ.W.マッコーラム夫妻、J.A.プランソン夫妻によって若松に九州最初の「若松バプテスト講義所」が開かれました。その2年後の1892年、福岡教会の前身「福岡浸礼教会講義所・簀の子町教会」が誕生、1901年に教会組織を行い、初代の牧師に佐藤喜太郎牧師をお迎えしました。以来、第2代藤沼良顕、第3代下瀬可守、第4代三善敏夫、第5代川口正雄、第6代安藤栄二、第7代栗本高幸、第8代廣島尚、第9代原田寛、今回第10代牧師として小川宏嗣牧師が就任しました。

 

 この125年の歴史のなかで、太平洋戦争下、教会が国の命令によって、日本キリスト教団に所属、統合されたり、1945年6月には福岡空襲で会堂が焼失するなど、教会内外ともに多くの試練を与えられました。

しかし1948年には、アメリカの同信の友の熱い思いによって、この西公園の現在地にジュラルミン製の会堂が捧げられ、さらに1954年には、アメリカ人の宣教師であり、かつ高名な建築家であったW.M.ヴォ―リズ建築設計事務所の設計によって、この会堂が献堂されました。

 

 このように、その時々の社会情勢の大きな変化、激流のなかにあって、牧師や信徒がそれぞれの信仰を堅く守り、一致協力してこの地に建てられた教会に与えられた使命を自覚しつつ今日にいたることが出来たことは、まさに神さまの豊かな導きと祝福以外の何物でもないと確信しています。そしてこの間、私共の教会は「産み出す教会」として、1922年西南学院教会の分離独立にはじまり12の教会、伝道所を各地に産み出してきました。

 

 21世紀は「心の世紀」ともいわれています。最近の暗い、耐えがたい悲しい多くの出来事に出合う時、私どもは私共自身の信仰の訓練と教会に託された神様からの使命を深く自覚し、明るく豊かな信仰生活を送るとともに、この恵みを多くの方にお伝えしたいものと念願しております。